1987(昭和62)年の美空ひばりさんのシングル曲です。
「歌詞ネット」さんのランクでは
1.愛燦燦
2.川の流れのように
3.みだれ髪
と堂々の人気3位です。
ひばりさんは1937(昭和12)年~1989(平成元)年、52歳で亡くなられ、
文字通り昭和の時代を生き抜いた大歌手でした。
さて、この曲は女声キーとしていますが、裏声で高い音で歌っていますので、
一般的な女性ではキーが高いです。リクエストがあるようでしたら、もっとキーを下げた音源を作ります。
この曲に関して、以下はウィキペディアからの引用です。
作詞:星野哲郎、作曲:船村徹
福島県いわき市平薄磯地区に建つ、塩屋埼灯台を舞台にしたご当地ソングの楽曲であり、塩屋埼にはひばりの記念石碑が建っている。
1987年夏、特発性大腿骨頭壊死症を理由に長期入院を余儀なくされていたひばりが退院して、病からの復帰第一作としてレコーディングした楽曲である。このレコーディングはオーケストラを含め、伴奏は一発録りで行われた。
ひばりは高音(裏声)に特長があると、以前から船村は思っていたが、十年以上前に曲を提供したときは「苦手だからやめて」とひばりの母により拒否されていた。今回はサビで裏声になるようキーの設定をしている。
ひばり自身は三番の「春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋」というくだりを気に入っていたという。当初星野が書いた「祈る女の性かなし」は、消そうとされたものの、ひばりが星野に「今の私は『祈る』という言葉を大事にしたい」と申し出たことにより、そのまま二番の歌詞に採用された。
0:00 通常のギターメロ
4:27 楽譜付ギターメロ
このチャンネルは昭和7年から昭和64年までの間、数ある昭和歌謡の名曲にスポットを当てて、ギター演奏とMIDIを使った動画を配信しています。
激動の昭和時代にあって、日本は第二次世界大戦で負けて、日本全国焼け野原のマイナスからの再出発でした。そして、昭和39年東京オリンピック、東海道新幹線開通、昭和45年の万国博覧会開催など、素晴らしい復興を遂げた時代です。そんな時代を中心に彩ったのが昭和歌謡です。日本人の心が詰まっていると思います。
音楽活動の中でいろいろなジャンル、年代に接していますので、「昭和歌謡」から外れてしまうことが多々あるかと思います。
自己満足の世界で、ギターのミス・タッチやリズムのずれなど、多少目をつむって制作しています点はご容赦ください。このチャンネルを楽しんでいただければ幸いです。